医学の進歩
不可能と言われた治療が実現した例があれば教えてください
私の専門の血液に関する分野で3つほど挙げます。
①急性前骨髄性白血病(APL)にたいする分化誘導療法
細胞には自分のコピーをつくる自己複製能と、機能を果たせるような成熟した細胞になる分化能があります。いわゆる幹細胞はその両方を持っていますが、少し分化が進むと自己複製能を失い分化能だけになり、分化、成熟しきればあとは細胞は寿命が来るまでそのままです。一方癌細胞は分化能がなく自己増殖能のみでどんどん増えるのが特徴です。そこでなんとかして癌細胞が分化能を持つようにすれば、勝手に分化、成熟して寿命がきたら死んでくれます。この分化能を与えることで言わば「脱癌状態」に持っていくと言う概念は古くからありましたが、癌細胞で分化が障害されているのメカニズムがわからないため実現できませんでした。ところがAPL細胞ではレチノイン酸(ビタミンA)の受容体の異常によって分化が障害されていることが分子病態学的に証明され、レチノイン酸誘導体を投与することでAPL細胞を分化させ死滅させることに成功、APLの予後は著明に改善しました。不可能と思われた「脱癌」という概念を、実際に可能にした例と考えます。
②アデノシンデアミナーゼ(ADA)欠損症にたいする遺伝子治療
ADA欠損症は、リンパ球の生存に必要なADAという酵素が先天的に欠損している遺伝子異常であり、多くは成人前に死亡していました。欠損している酵素を補充するにも限界があり、あとは造血幹細胞移植でリンパ球を含めた造血細胞全てをとりかえるしか方法がなかったのですが、リンパ球に遺伝子を組み込んでやり、そのリンパ球がADAを作り続けることで長期生存を可能にしました。ADAの遺伝子をつくり、それをベクターに組み込み、そのベクターを患者から採取したリンパ球に加え、ADAの遺伝子をリンパ球に組み込むという遺伝子工学の技術を駆使することで、先天的な遺伝子異常症の根本的治療の道が開けました。
③造血幹細胞移植
ADA欠損症でもでてきましたが、造血幹細胞移植は血液の元になる細胞を取り替えるというドラスチックな治療です。単に骨髄液を輸注しただけでは、生着しません。免疫学の進歩と免疫抑制剤による免疫の制御によって、初めて移植が成立するようになりました。これによって幹細胞レベルでの治療が可能になりました。
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